大妻女子大学英語教育研究所 The Institute for Research in English Education

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研究所だより

第10号(2019年夏号)論理的に考える力の育成

服部孝彦

「研究所だより」6号から9号まで、学生の皆さんと共に「協調の原理」やポライトネス・ストラテジーの理論をおさえながら丁寧表現について学んできました。これはコミュニケーション能力の構成要素でいうと社会言語学的能力について学習したことになります。今号はコミュニケーション能力の構成要素で3番目に取り上げたディスコース能力についての学習です。
 ディスコース能力とは文を一つずつバラバラに解釈するのではなく、意味のつながりや論理の一貫性を考慮しながらまとまりのある発話や文章を構成したり理解したりする能力、すなわち論理的思考力のことです。
 次の英文は、日本人の中学1年生が書いた1つのパラグラフからなる英作文です。

 I have a grandmother. She is very kind. She is sixty-three years old. I like her. She is very busy. Her name is Chizu. She lives in Takada.

この英文は、文法的能力の観点から見れば、中学一年生としてはよく書けているといえます。しかし、これをディスコース能力の観点からみるとどうでしょうか。
 まず英語のパラグラフと日本語の段落の違いから説明しましょう。英語のパラグラフは日本語では段落と訳されますが、パラグラフは「段落」と同義ではありません。英語のパラグラフは、日本語の「段落」に比べますとはるかに整然とした定義があります。
 パラグラフは、主題をもって統一された文の集合体で、ひとつのまとまりのある思想を表しています。パラグラフは主題文ではじまり、主題文で述べられた主題をサポートする支持文が続き、多くの場合は結論文が最後にきます。もちろん1つ1つのパラグラフに結論文は必ず必要というわけではありません。
 例で示された中学1年生の書いたパラグラフを分析してみましょう。最初の文は「私には祖母がいる」という内容で、主題文からはじまっています。そしてそれに続く文は主題である「おばあさん」についての支持文ですので、内容の一貫性はあります。ただし主題の展開法及び文と文との結束性はかなり問題があります。
 主題文で「自分には祖母がいる」ことを述べましたので、支持文では「おばあさん」についての重要な情報から順に述べる必要があります。したがいまして、主題文の次に来る文としては「おばあさん」の名前を述べるHer name is Chizu.(彼女の名前はチズである)が適切でしょう。3番目の文は「おばあさん」の名前に次ぐ重要な情報である年齢を述べているShe is sixty-three years old. (彼女は63歳である)がくるのがよいと考えられます。
 文と文との結束性についてはどうでしょうか。2番目の文のShe is very kind. (彼女はとても親切である)と3番目のShe is sixty-three years old. との間に文が2~3抜けているのではないでしょうか。というのはShe is very kind. の次に来る文は「おばあさん」が親切な人だといえる例を示す必要があるからです。4番目の文I like her.(私は彼女が好きです)に続く文としては、自分がなぜ「おばあさん」が好きなのかの理由を述べなくてはいけないでしょう。5番目の文She is very busy.(彼女はとても忙しい)の後には、「おばあさん」が何をして忙しいのかの例、またはなぜ忙しいかの理由などを述べる必要があります。
 以上のようにこの英作文は文法的能力の観点からはなんら問題のないものですが、ディスコース能力の観点からは決してよい作文とはいえません。

著者紹介

服部孝彦(はっとり・たかひこ)

本研究所所長、本学教授。

初等・中等・高等教育を日米両国で受けた元帰国子女。言語学博士(Ph.D.)。大妻女子大学助教授、米国ケンタッキー州立ムレー大学(MSU)大学院客員教授を経て現職。早稲田大学講師、米国セント・ジョセフ大学客員教授を兼務。国連英検統括監修官、元NHK英語教育番組講師。著書に文科省検定中学英語教科書『ニューホライズン』(共著、東京書籍)ほか、著書は150冊以上。日本に本拠地を置く現在でも日米間を一年に何往復もしながら、米国の大学での講義・講演、国際学会での研究発表を精力的にこなす。