大妻女子大学英語教育研究所 The Institute for Research in English Education

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研究所だより

第11号(2019年秋号)コミュニケーションを成り立たせようとする能力

服部孝彦

夏号では文の単位をこえ、話の内容に一貫性や結束性を持たせることができる能力、すなわちディスコース能力について学習しました。秋号はコミュニケーション能力の構成要素で4番目に取り上げた方略的能力についての学習です。
 日本人が英語を使ってコミュニケーションをしようとするとき、英語力の不足からさまざまな困難に直面します。伝えようとしていることが英語にできないとき、何とかコミュニケーションを成り立たせようとさまざまな工夫をします。このコミュニケーションを成り立たせようとする能力が方略的能力なのです。学習指導要領(外国語)にも方略的能力育成の必要性が述べられています。
 方略的能力の典型は身ぶり手ぶりを使って何とかして相手に自分の言わんとしていることを伝える力です。もちろんジェスチャーは大切なのですが、ここでは方略的能力で重要なパラフレーズ、すなわち「言い換え」を取り上げることにします。言おうとしていることがうまく英語にできないとき、会話を持続するために自分が知っている英語で何とか「言い換え」ようとした経験をお持ちの方は多いと思います。コミュニケーション活動で必要な会話を持続させようとする方略は大きく分けますと4通りあります。以下順番に4つの方略をみていくことにしましょう。
 1つめは「似た表現をする」ことです。例えばキャンプ場でたき火をするためにmatch(マッチ)をかしてほしいとたのみたいのに肝心なmatchという語が思い出せないとします。そのような場合はmatchの代わりにfireやlightを使えば通じるでしょう。「見る」という意味でwatchという語が思い浮かばなければwatchと言うべきところで似た表現のlookやseeを使えば意味は通じます。
 2つめは「造語をする」ことです。例えば「辞書」という意味のdictionaryを忘れてしまった場合、dictionaryの代わりに造語のword bookを使えば何とか意味は伝わります。「シマウマ」の意味のzebraが浮かばなければstriped horseという「シマのある馬」という造語を使えばどうにかなることでしょう。
 3つめは「状況を述べて説明する」ことです。「警察官」という意味のpolice officerを忘れてしまい、またcopという語も思い浮かばなかったとします。このような場合はpolice officer の説明をするしかありません。まずThis person wears a uniform and carries a gun. といった具合に制服を着て拳銃を持っているからはじめ、You can find this person in a car or on the street. のように、見かけるのは車の中や道であることを言い、This person protects people. といった具合に人々を守ってくれると説明すれば、相手に「警察官」のことだと理解してもらえるでしょう。
 4つめは「別のことばを使う(リフレーズする)」ことです。I am thirsty. と言いたい場合、「のどが渇いた」という意味のthirstyという語が思い浮かばなかったとします。このようなときI am thirsty. の代わりにI want to drink something.(何かを飲みたい)と言うことができればよいわけです。She is not alone. と言いたいとき、「一人で」という意味のalongという語を忘れてしまった場合はShe is with other people.(彼女は誰かと一緒にいる)と表現できれば意味はしっかりと伝わります。
 以上のようにパラフレーズ、すなわち「言い換え」を系統的に整理し、練習を繰り返すことにより円滑なコミュニケーション活動ができるようになります。英語のテストに出題されることはありませんので、我が国の英語教育では方略的能力に関してはあまり教えられてきませんでしたが、方略的能力はコミュニケーション教育の視点からは大切な能力といえます。

著者紹介

服部孝彦(はっとり・たかひこ)

本研究所所長、本学教授。

初等・中等・高等教育を日米両国で受けた元帰国子女。言語学博士(Ph.D.)。大妻女子大学助教授、米国ケンタッキー州立ムレー大学(MSU)大学院客員教授を経て現職。早稲田大学講師、米国セント・ジョセフ大学客員教授を兼務。国連英検統括監修官、JSAF-IELTS アカデミック・スーパーバイザー、文部科学省SGH企画評価会議およびWWL企画評価会議メンバーとして、我が国のグローバル化推進の中心として活躍している。元NHK英語教育番組講師。著書に文科省検定中学英語教科書『ニューホライズン』(共著、東京書籍)ほか、著書は170冊以上。日本に本拠地を置く現在でも日米間を一年に何往復もしながら、米国の大学での講義・講演、国際学会での研究発表を精力的にこなす。