大妻女子大学英語教育研究所 The Institute for Research in English Education

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研究所だより

24号(2022年冬号)第二言語習得における臨界期研究

服部孝彦


 小学校新学習指導要領の全面実施により、2020年4月から小学校3・4年生では「外国語(英語)活動」が、5・6年生では「外国語(英語)」が本格的に始まりました。小学校英語教育の背景となっているのは、第二言語習得研究 (second language acquisition research) における外国語学習は早くから始めた方が効果的であるという考えです。この考え方の理論的根拠となっているのが臨界期仮説 (critical period hypothesis) とよばれているものです。  第二言語習得研究は1950年代から本格的に研究が進められるようになった比較的新しい学問分野です。第二言語習得研究でよく議論されるのは、第二言語学習者は母語話者と変わらない程の第二言語能力を身につけることが可能かというものです。母語話者と同程度の第二言語能力を身につけるためには、早い時期から学習を始めるべきであるとする臨界期仮説は、第二言語の学習開始年齢を議論する場合、避けて通れません。

 臨界期は、ある行動様式を身に着けるためには最も適した時期のことです。言語に関しては、高度な言語能力が比較的容易に習得できる期間といえます。臨界期仮説によると、この期間を過ぎてしまうと言語を不完全にしか習得できないとしています。

 母語習得には臨界期があると一般的には認知されています。第二言語習得にも臨界期は存在するのかという問いに対し、研究者の間では、激しい議論が繰り広げられてきました。その結論については、いまだ確固とした合意は得られてはいません。しかし学習開始年齢が第二言語習得の成否に影響を与えることは多くの研究者が認めているところです。  日本の子どもが父親の赴任に伴い英語圏に渡り現地の学校に通い、英語をすぐ身につけたのに対し、両親はなかなか思うようには英語が使えるようにはならないという話はよく耳にします。このようなことから英語を学ぶのは早いほうがよいと考える人は多くいます。しかし、ここで注意をしなければならない大切な点があります。それは英語圏の学校と日本の学校との英語学習環境の違いです。

 母語以外の言語を学習する場合、言語学習環境の違いを考慮に入れなくてはならなりません。すなわち第二言語環境なのか外国語環境なのかをはっきりと区別しておく必要があります。当該言語が日常的に使用されている場合、その言語は第二言語であり、その学習環境を第二言語環境といいます。日本人の子どもが親の転勤に伴いアメリカに渡り現地校に通いながら英語を学ぶ場合は第二言語環境です。一方、当該第二言語が日常では使用されておらず、学校教育で学習するのは外国語の場合、その学習環境を外国語環境といいます。日本人が日本の学校の教室で英語を学習する場合は外国語環境です。第二言語環境と外国語環境はインプットの量をはじめ、学習環境は大きく異なります。

 大人の第二言語学習者は認知能力が発達しているので、それを使った明示的学習 (explicit learning) が得意です。これに対して子どもは暗示的学習 (implicit learning) を得意としています。明示的学習は意識的な学習ですが、暗示的学習は無意識的な学習です。子どもが暗示的学習をし、第二言語習得の優位性を発揮するためには大量のインプットが必要です。暗示的学習と豊富なインプットを可能にするのが第二言語環境です。日本のような外国語環境では英語習得に必須なインプットが非常に限られてしまっており、無意識な暗示的学習を得意とする子どもたちの優位性は発揮できません。外国語環境では、英語学習は早いほうがよいということは、必ずしも当てはまらないかもしれません。

 「研究所だより」25号以降では、まず母語習得と臨界期仮説の先行研究を概観します。その上で第二言語習得に関する臨界期仮説の先行研究を概観し、研究動向を掌握します。そして臨界期仮説が今後解明すべき課題について、言語習得環境の視点から考察を行います。それらを踏まえ、早期英語教育の有効性について、第二言語習得理論の立場から検討をすることにします。
著者紹介

服部孝彦(はっとり・たかひこ)

本研究所所長、本学教授。

初等・中等・高等教育を日米両国で受けた元帰国子女。言語学博士(Ph.D.)。大妻女子大学助教授、米国ケンタッキー州立ムレー大学(MSU)大学院客員教授を経て現職。早稲田大学講師を兼務。国連英検統括監修官、JSAF-IELTS アカデミック・スーパーバイザー、文部科学省WWL企画評価会議メンバーとして、我が国のグローバル化推進の中心として活躍している。元NHK英語教育番組講師。著書に文科省検定中学および高校英語教科書ほか、著書は190冊以上。日本に本拠地を置く現在でも日米間を頻繁に往復し、米国の大学での講義・講演、国際学会での研究発表を精力的にこなす。