大妻女子大学英語教育研究所 The Institute for Research in English Education

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研究所だより

第9号(2019年春号)ポライトネス・ストラテジー

服部孝彦

秋号と冬号では「協調の原理」について学びました。そして私たちは丁寧に話すために意識的に「協調の原理」に違反する場合があることも分かりました。春号では丁寧表現の仕組みにつて学習をします。春号の内容も、秋号、冬号と同様に英語だけではなく日本語にも共通するものです。
 丁寧表現を扱う際にどうしてもおさえておかなくてはならない理論があります。この理論はポライトネス・ストラテジーとよばれています。ポライトネス・ストラテジー理論を理解することにより、丁寧表現についてスッキリとした形で頭の中に整理することができます。
 ポライトネス・ストラテジーはイギリス人の2人の言語学者ブラウンとレビンソンが提唱した理論です。ポライトネス・ストラテジーという用語だけを見ますと何か難しそうですが、決して分かりにくい理論ではありません。ポライトネスは丁寧で、ストラテジーは方略です。この理論を簡単に言いますと丁寧であろうとする方略、すなわち相手の気持ちを考えた丁寧表現法のことです。しかもポライトネス・ストラテジーは世界中の全ての言語に当てはまる普遍的な理論なのです。
 人間はコミュニケーションをする場合、2つの欲望を持っています。この欲望のことをブラウンとレビンソンは「顔」(face) とよび、「肯定的な顔」(positive face) と「否定的な顔」(negative face) に分類しました。
 「肯定的な顔」とは自分の望みが相手にも望ましいことであると思われたい欲望です。例えば相手の主張に反対する場合はどうしても相手の「肯定的な顔」を脅かすことになります。反対意見を言うにしても相手に対して丁寧であるとは、相手の「肯定的な顔」を脅かす程度をなるべく少なくすることが大切です。
 「研究所だより6号」で相手の意見に反対するときの言い方は、いきなり“I can’t agree with you.”と言うのではなく“What you say might be true, but ~”や、“I understand what you mean, however, ~”と言ったうえで反対すればよいと述べました。さらに丁寧にするには、but や however の後に、 I’m afraidという衝撃を和らげる役割をはたすことばを入れればなおよいとも述べました。これはポライトネス・ストラテジー理論では、相手の「肯定的な顔」を脅かす程度を最小限にとどめるためのストラテジーであると説明できるわけです。
 もう1つの「顔」である「否定的な顔」とはどのようなものなのでしょうか。「否定的な顔」とは相手から指図されたりせずに自分の自由になるようにしたいという欲望です。相手に何かを頼むときは相手の「否定的な顔」を脅かすことになります。相手に対して丁寧であるとは、この人から指図されたくないという「否定的な顔」をなるべく脅かさないことです。
 相手に何かを依頼するときの表現としては “Can you …?”、“Could you …?”、“Do you think you could possibly …?”、“I was wondering if you could …?”等が考えられます。当然、後の方の表現がより丁寧ですので「否定的な顔」を脅かす程度をなるべく少なくするストラテジーとしては後の方の表現を使いたいところです。
 「肯定的な顔」であれ「否定的な顔」であれ「顔を脅かす行為」のことをブラウンとレビンソンは face threatening act とよんでおります。よい人間関係を構築し維持するためには相手の「顔を脅かす行為」をできる限り避けるべきです。しかし日常生活において「顔を脅かす行為」を完全に避けることは不可能です。どうしても避けられない場合はその影響を最小限にする必要があります。この影響を最小限にする方略がポライトネス・ストラテジーなのです。

著者紹介

服部孝彦(はっとり・たかひこ)

本研究所所長、本学教授。

初等・中等・高等教育を日米両国で受けた元帰国子女。言語学博士(Ph.D.)。大妻女子大学助教授、米国ケンタッキー州立ムレー大学(MSU)大学院客員教授を経て現職。早稲田大学講師、米国セント・ジョセフ大学客員教授を兼務。国連英検統括監修官、元NHK英語教育番組講師。著書に文科省検定中学英語教科書『ニューホライズン』(共著、東京書籍)ほか、著書は150冊以上。日本に本拠地を置く現在でも日米間を一年に何往復もしながら、米国の大学での講義・講演、国際学会での研究発表を精力的にこなす。