大妻女子大学英語教育研究所 The Institute for Research in English Education

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研究所だより

23号(2022年秋号)e-learning における自律性の支援

服部孝彦


「研究所だより」22号ではe-learning の長所と短所、そして弱点を補う対策について述べました。e-learning に関する最終号である23号ではり、e-learning における自律性の支援について述べることにします。

教育は education と英語に訳すことができますが、そもそも education とは教える側と教わる側双方向の関わり合いの中で、学習するという意味です。これに対して教える、すなわち teach は、教員からの知識伝達の意味合いが強くなります。e-learning が education の一環として行われる限り、パソコンという道具を与えるだけでは教育には成り得ません。教員は、いかにして学習者の潜在的な可能性を引き出し、いかにして伸ばしていくかに関する周到な指導方針と確固たる教育理念を持ち、そして具体的な到達目標を描いていることが不可欠です。e-learning における指導者は、本質的には educator ですが、時として teacher、instructor、advisorや facilitatorのような様々な役割を担う必要があります(太田 (2012))。教員は常に、学習者の学習状況や進捗状況を管理するだけではなく、個々の学習者の努力やつまずきを把握し、指導に反映しつつ学習者の能力向上と目標達成へ向けて尽力しなければなりません。さらには、学習者の自律した学習行動の形成へ向けて、学習者の心理面における支援も求められます。

学習とは本来、学習者が自ら積極的・能動的に関わることで初めて成立する行為であり、「自身のために自分が責任をもって行う行為」です(合田 (2011))。e-learning 学習はまさに、個々の学習者が自律した態度で学習に取り組むことが求められる能動的な学習活動であるため、学習者は、個々の達成目標を自ら設定し、その実現に向けて学習動機を内発的に喚起し、維持し続けなければなりません。この過程が効果的に機能するためにも、指導者の果たす役割は極めて大きいといえます。自立とは、「他の助けや支配なしに自分一人の力で物事を行うこと」ですが、自律とは、「他からの支配や助力を受けず、自分の行動を自分の立てた規律に従って正しく規制すること」です(松村 (1989))。要するに、「自律」とは「自立」をより能動的・主体的に実質化させた行動特性を内包しており、自らの意志で行動を統制するという意味において、より高次な行動規範です(太田 (2012))。学習行動には、自立性と自律性の両方の要素が求められますが、特に e-learning 学習においては自律性の要素が不可欠です。単に一定の学習時間を確保して自学自習に取り組むといった自立性だけでは不十分で、自己鍛錬しながら目標達成へ向けた地道な努力が継続的に求められるという点において、高い自律性が求められます。今後共、学生の自律性を支援する体制を整えていく必要があります。

e-learning研究の目的は、本研究所が導入した全学の学生が自由に利用できる英語 e-learning システムを活用し、全学的に学生の英語力を向上させるための効果的な方法を考察することです。日本における e-learning の普及により、高度なシステムが開発され、優れた教材が完成しましたが、必ずしも e-learning の学習効果へ繋がったわけではありませんでした。e-learning の難しさは、いかに優れた学習プログラムを用意しても、それだけでは学習者の学力向上には繋がらないという点です。 e-learning の利点は、学習者の好きな時間に納得がいくまで学習が可能という点です。しかし、この利点は学習者にとって問題点ともなりえます。e-learning は自分の意思ですることを基本とするため、学習者によって学習効果は大きく左右されます(吉田 (2008))。自律度の高低が英語学習への取り組みを左右する場合が多いため、e-learning による学習効果を高めるために重要なのは、いかに自律性を育成するかです。学習者の自律学習を持続的に支援し続けることが e-learning を成功させるための鍵となります。今後は、過去20年間の e-learning 学習による失敗と成功の蓄積を英語教育の視点から捉えなおし、学生の学習意欲を維持継続させるために、「何を」「どのように」すれば自律性の育成に結びつくかに関する英語 e-learning 教授法の実践研究を続けて行きたいと考えております。

参考文献
太田かおり (2012). 「e-learning英語教育の学習効果に関する研究:学習者の自律学習へ向けた教師の役割」. 『九州国際大学国際関係学論集』. pp. 51-80.
合田美子 (2011). 「リメディアル教育と自己調整学習」. 『英語教育』12月号. 大修館書店. pp. 16-19.
松村明(編)(1989). 『大辞林』. 三省堂.
吉田晴世 (2008). 「外国語教育・学習モデル」. 吉田晴世、松田憲、上村隆一、野沢和典(編) 『ICTを活用した外国語教育』東京電機大学出版会. pp. 10-34.
著者紹介

服部孝彦(はっとり・たかひこ)

本研究所所長、本学教授。

初等・中等・高等教育を日米両国で受けた元帰国子女。言語学博士(Ph.D.)。大妻女子大学助教授、米国ケンタッキー州立ムレー大学(MSU)大学院客員教授を経て現職。早稲田大学講師を兼務。国連英検統括監修官、JSAF-IELTS アカデミック・スーパーバイザー、文部科学省WWL企画評価会議メンバーとして、我が国のグローバル化推進の中心として活躍している。元NHK英語教育番組講師。著書に文科省検定中学および高校英語教科書ほか、著書は190冊以上。日本に本拠地を置く現在でも日米間を頻繁に往復し、米国の大学での講義・講演、国際学会での研究発表を精力的にこなす。