大妻女子大学英語教育研究所 The Institute for Research in English Education

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研究所だより

第8号(2019年冬号)会話の原則と丁寧表現(2)

服部孝彦

秋号では、会話に共通する4つのルールで構成される「協調の原理」について学びました。4つのルールとは「量」、「質」、「関連性」及び「話し方」でした。考えてみますと私たちは相手と話をするとき、会話を成立させるために無意識に、話し手と聞き手が共有できる幾つかの前提をおき、会話をすすめています。例えば意味もなく相手は嘘をつかないだろう、相手は適切な量の話を聞き手が分かりやすいように明確に話すだろう、こちらが聞いたことに関連する応答をするだろう、などがそれです。グライスの「協調の原理」は会話で話し手と聞き手がお互いに当たり前に期待していることを会話のルールとして整理したにすぎません。読者である学生の皆さんも「協調の原理」をみて、今まで意識したことはないが、確かにこの4つのルールを前提に会話をしていると気づかれたことでしょう。
 秋号では「協調の原理」における「関連性」のルールに違反することにより相手を気遣う丁寧さについて学びました。今月は「協調の原理」における「関連性」以外のルールに違反する例をあげ、具体的に考えていくことにします。次のAとBの二人の対話をみてみましょう。

A: I heard that both Paul and Bob are nice guys.
B: Yeah, Paul is a very nice guy and I really like him.

AはBに向かって「Paul とBobは二人共いい人だと聞いたけど」と言っていますが、それに対してBは「Paul はとてもいい人で彼のことは大好きだ」としか答えず、 Bobについては何も言及していません。これは明らかに「話し方」のルールに違反しています。「話し方」のルールとは、あいまいさは避けて明瞭に述べよというルールです。Bは意識的にPaul のことのみに触れBobのことには触れないようにして「言外の意味」としてBobはいい人だとは思わないことをAに伝えているわけです。もしBが「話し方」のルールに違反せずにズバリ本当のことを伝えようとすれば “Paul is a very nice guy but Bob is not a nice guy.” とでも言っているところでしょう。
もう1つ例をみてみましょう。会話の状況は、Dの携帯電話を借りたCがうっかりしてDの携帯電話を落として壊してしまったときの会話です。

C: I’m terribly sorry.
D: Don’t worry. I was thinking about buying a new cell phone anyway.

Cは携帯電話を壊してしまって申し訳ないとDに深く謝っているわけですが、Dからみればいくら謝られたところで怒りがおさまることはないと思われます。しかしDはその気持ちは言わずに「気にしないでいいよ。新しいものを買うつもりだったし。」とCに配慮した丁寧な表現で応答しています。これは明らかに「質」のルールに違反しています。すなわち意識的に嘘をついてCに対して丁寧であろうとしたわけです。 以上の例からもお分かりのように、私たちは「協調の原理」に違反することにより相手を気遣う丁寧さを示し、よい人間関係を維持しようとしているのです。言語は情報を伝達する役割を担っているだけではないことをぜひ知っておきたいものです。

著者紹介

服部孝彦(はっとり・たかひこ)

本研究所所長、本学教授。

初等・中等・高等教育を日米両国で受けた元帰国子女。言語学博士(Ph.D.)。大妻女子大学助教授、米国ケンタッキー州立ムレー大学(MSU)大学院客員教授を経て現職。早稲田大学講師、米国セント・ジョセフ大学客員教授を兼務。国連英検統括監修官、元NHK英語教育番組講師。著書に文科省検定中学英語教科書『ニューホライズン』(共著、東京書籍)ほか、著書は150冊以上。日本に本拠地を置く現在でも日米間を一年に何往復もしながら、米国の大学での講義・講演、国際学会での研究発表を精力的にこなす。