大妻女子大学英語教育研究所 The Institute for Research in English Education

大妻女子大学英語教育研究所 The Institute for Research in English Education

MENU

研究所だより

第6号(2018年夏号)丁寧な英語、失礼な英語

服部孝彦

春月では、英語学習をする上で必要なコミュニケーション能力に関する理論について学びました。まずコミュニケーション能力理論の復習をしましょう。コミュニケーション能力は大きく4つの構成要素に分けることができました。この4つの構成要素とは (1) 文法的能力、(2) 社会言語学的能力、(3) ディスコース能力、(4) 方略的能力でした。夏号はコミュニケーション能力における4つの構成要素の中の1つである社会言語学的能力につて学ぶことにします。
 社会言語学的能力とは文法的に正しいだけではなく、相手やその場に応じた適切な表現が使える能力のことです。相手やその場に応じた適切な表現が使えるとはどういうことなのでしょうか。具体例をみてみましょう。
 今から17年程前になりますが、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州のバンクーバーで開かれた国際学会の研究発表会場で次のような出来事がありました。発表を聞いていた一人の日本人研究者が、発表者であるアメリカ人の研究者に向かって、手をあげて突然“I can’t agree with you.”と言ったのです。私は東京から学会に出席するためにバンクーバーまで来たという、この日本人研究者は礼儀を知らない失礼な人であると強く感じました。それはこの日本人が、発表者が話をしている最中に発言したからではありません。私が失礼だと感じたのはその言い方です。“I can’t agree with you.”はあまりにも直接的すぎます。
 日本人の中には、英語は yes と no をはっきりさせ、直接的な表現を使ってもかまわない言語であると考えている人がいるようです。しかし英語も世界中の全ての言語がそうであるように、相手に対して丁寧であろうとする表現はたくさんあります。そもそも人間は、どの言語を使おうと直接的に自分の言ったことを否定されてしまったら傷つきます。言語は情報伝達の手段として使われるだけではありません。よい対人関係を構築し、そのよい関係を維持するための手段としても使われるのです。世界中で国際共通語として使用されております英語にも、当然のことながら相手を気遣う丁寧な英語と相手を不快にさせてしまう失礼な英語があるのです。このことを知りませんと、とんでもない失敗をしかねません。
先程の例で挙げました国際学会で研究発表を聞いていた日本人は、どのような表現を使えばよかったのかを学生の皆さんと一緒に考えてみましょう。相手の言うことに同意できない場合でも、いきなり否定するのはよくありません。まず相手の立場を受け入れることからはじめるべきです。具体的な表現としては“What you say might be true, but ~”や、“I understand what you mean, however, ~”と言った上で、反論をすればよいわけです。もっと丁寧にするには、but や however の後に、 I’m afraidという衝撃をさらに和らげる役割をはたすことばを入れればなおよいといえます。
私は後日、この日本人研究者と懇親会の会場で、日本語で話をする機会がありました。驚いたことに、この方は日本語で話をしている限り決して礼儀を知らない失礼な人ではありませんでした。むしろとても腰の低い丁寧な人でした。この日本人研究者にはコミュニケーション能力における文法的能力は十分備わっておりましたが社会言語学的能力が十分でなかったといえます。そのために研究発表会場にいた全員から礼儀知らずの失礼な人であると誤解されてしまったというわけです。

著者紹介

服部孝彦(はっとり・たかひこ)

本研究所所長、本学教授。

初等・中等・高等教育を日米両国で受けた元帰国子女。言語学博士(Ph.D.)。大妻女子大学助教授、米国ケンタッキー州立ムレー大学(MSU)大学院客員教授を経て現職。早稲田大学講師、米国セント・ジョセフ大学客員教授を兼務。国連英検統括監修官、元NHK英語教育番組講師。著書に文科省検定中学英語教科書『ニューホライズン』(共著、東京書籍)ほか、著書は150冊以上。日本に本拠地を置く現在でも日米間を一年に何往復もしながら、米国の大学での講義・講演、国際学会での研究発表を精力的にこなす。